来 歴


飢えた山鳩


怖ろしい夢も哀しい夢も
もう絶えて見なくなった
痩せた悪魔に追われて
空の涯まで翔んだ夢も
だから私のことばには
どんなに小さなデモンも
とりつきはしなかった

誰は堕ちて
誰は溺れたと
しきりに鳴きたてる夢や
頽廃の波もかぶらずに
生きのびた後ろめたさを
蒼ざめた翼に畳んでいる夢も
引き潮のように遠く去った

若さのえぐり出した切り口は
とうにふさがっているらしい
それでも目をつぶるたびに
淡い闇の向こうから
飢えの感覚だけが
痛い棘のように
きりきりと生き返ってくる
眠りの縁に爪をたてて
夢を啄ばむのは飢えた山鳩だ
眠った時間と
醒めた時間との
かたい結び目がほどけて
あけぼのの霧が流れるとき
山鳩は苦しい声で鳴き始めるのだ

山鳩はなぜ
自分の声を殺すのか
私はなぜ
山鳩の声を夢になぞるのか

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